結婚おめでとう!


(―面識のないマフィアとの婚約を告げられたあの運命の日から、早いものでもう○年が経過していた。ゲームは引き分けになったが、あの三ヶ月は何があろうと決して忘れられない三ヶ月として、現在まで風祭の記憶に深く刻み込まれたままだ。彼の印象は此れ以上ないくらいに最悪、負のイメージしか抱かなかった。風祭の意思など関係なく、会社を守る術として仕方がなく苦渋の決断で承諾した結婚話。まさか彼のように女に不自由しない人物が己に一目惚れだなんて、最初は本当に信じられないの一言だった。そして彼の持ちかけたゲームに乗り、好きにならなかったと云えば己も解放され会社も助かって一石二鳥だ―歳の差もあるのだし、彼のことを好きにならないことはおろか異性として意識しない自信だって存在していた。―其れが、何を如何したか惚れられた筈なのに、今では立派に彼に惚れ込んでしまっている。振り返ればあの三ヶ月の間には本当に目まぐるしく色んなことがあり、予想もしない嬉しい気持ちになる出来事も、死と隣り合わせの恐怖も―両方を体験した。だが其の どの出来事を取っても、彼へ幻滅したりマイナスなイメージを抱くことはなかった。彼は何時だって本当に温かくて大人だった。大人びて見られるからと躍起になり、必死に大人に近づこうとしてもまだまだ子供な己とは全く違うと思い知らされた。でも時に少年のような顔も見せてくれたり―とにかく彼との思い出の一つ一つが小さく小さく降り積もっていたことに、風祭自身はまるで気付かなかった。そして自らの気持ちに気付いた決定打が、ゲームの最終日。初めて追う立場になってみてやっと、振り向いてほしい気持ちを実感した。そして歳など関係なく抱いていた恋愛感情をはっきりと自覚した。其れから、彼は仕事の関係でイタリアへと発っていった。全く寂しくないと言えば嘘になるが、不安はない。彼が置いて行ってくれた愛の言葉が本当に沢山あるから。其れに、仕事を頑張る彼に負けないよう己も頑張らなければとより一層日常生活にやる気が出た。勉強もその他のことも、自分に出来ることはとにかく頑張った。――が、そんな気持ちもよそに彼は機会を見つけては己の好みど 真ん中の物ばかり携えて会いに来てくれた。だから最初に感じてた些細な寂しさなど、直ぐに忘れてしまった。無論、そんなことを素直に口に出来ることは残念ながらなかったけれど。日ごとに想いはゆっくりと募っていき、風祭は間違いなく幸せの中にあった。高校生活も、学年が上がるごとに密度の濃い充実したものとなり、辛さも困難もあれど何もかもが其の時限りの貴重な思い出だ。――高校を卒業し、彼から手渡された誓いの指輪。感情が高ぶりすぎて涙を零してしまったのは忘れたいところだけど、其れくらい感動した出来事。そんな数え切れない出来事を重ねて、憧れのウエディングドレスに身を包める今日がある。ウエディングドレスは穢れのない純白、スレンダーなマーメイドラインのシンプルなデザインで、胸元に施された花の刺繍と縫いつけられたパールが光に反射してより際立つ。首から下げられたネックレスはほんのりとラベンダー色がかったストーン仕様の華やかな其れ。仕上げに頭に付けたのは定番のティアラではなく―彼が己の誕生日に贈ってくれたカメリアモチー フのバレッタ。風祭にしてみれば、どんなティアラより輝く代物である。髪型は、カールした髪の毛を襟足だけを残してアップにし、清潔感の出るすっきりとしたハーフアップにされてある。今日ばかりはメイクもばっちり、無論顔立ちを考慮して年相応になるように工夫してもらった。「出来ましたよ。」と係の女性から言われた後、現在は本番を間近に控えての控室に待機している状態。)………まさか、こんなに幸せだとはね…。(ただぼんやりと“幸せな結婚”だけを夢見ていたあの頃がもう随分と懐かしく感じられる。ああ本当に誰かの妻となる日がやってくるだなんて、けれども其の相手が彼だから最高に幸せだと強く実感している。胸はどくんどくんと高鳴るばかりだけれど、其れも全て二度と出来ない経験。―と、外からコンコンとお待ちかねのノックの音。「今行くわ、」と返事をしてから大きく一つ深呼吸。此れからどんな未来が待っているかなんて分からない、予期せぬ壁も困難も山ほど待ち受けることだろう。だけれど己の隣には己を離さないと誓ってくれた彼が居る。自ら もまた彼を離すつもりなどない。二人で歩んでいけば、紡ぐ未来など如何にだって変えていくことが出来るだろうから―)